※この記事はかつて運営していたブログの記事です。もったいなかったので再掲。
どうも!
ganapatiです。
私はかつて「正直でくそ真面目で正義感の強い人間」なんて言われてきました。良い意味でも悪い意味でも。
こんな人、結構いるのではないでしょうか?
- 仕事においては「お客様のために一所懸命一生懸命」。
- プライベートにおいても「家族のために一所懸命一生懸命」。
- 自己犠牲を払ってでも誰かに喜んでもらうことに満足感を感じる。
- 逆に他人に喜んでいただけないことに対しものすごく罪悪感・責任感を感じる・・・。
私はそんな人間でした。
と同時に、同じようなタイプの人を何人も見てきました。
人間的にみれば皆さん素晴らしい。素敵です。
人格もしっかりしていますし、当然その人を信頼できます。
その人には幸せになってほしいと思います。
しかし、、、、大体の場合こういうタイプの人間はなかなか幸せになれないものです。
一言でいえば「要領が悪い」。
そんな風に言われることも多々あります。
こうした人間で、さらに責任感が強いと手に負えません。
まるで我慢の人生の上にいつかやってくるだろう幸せを待ちわびるような状態になりやすいのです。
でもそういった人達もふと立ち止まったときに不安がやってきます。
「私の未来はどうなるのだろうか?」
漠然とした不安です。
私もその一人として何度も不安に襲われてきました。
今回は、もしあなたがそんな一人ならぜひ読んでいただきたい記事です。
- 一生懸命努力しても幸せになれない人の多くは自分の幸せを第一優先にしていない
- 幸せを感じていない人に幸せにしてもらってもあまりうれしくない
- 幸せは分け与えるもの。だから自分が最高に幸せになる必要がある
- 誰かに搾取されたり、誰かに我慢を押し付けられる必要なんてない
- 1人ひとりが自分の力で幸せになれることが大事。その道標になろう!
- もしあなたがこんな状態なら今すぐやめるために動き出そう!
一生懸命努力しても幸せになれない人の多くは自分の幸せを第一優先にしていない
私はかつて転職コンサルタントとして5000人近い人の転職相談を受けていました。
そうした中で感じたことの一つに「一生懸命努力していながら幸せを感じられずにいる人の多くは、自分が幸せになることを第一優先にしていない」というのがあります。
そうした人たちは本当に素晴らしい方ばかりです。
能力だって十分にあります。
意気込みもあります。
仕事で成果も出しています。
でも、ふと自分の人生を振り返ったとき、「これで良かったんだっけ?」って思うのです。
何故なのか?私には詳しい原因はわかりません。
でも、そうした人たちの共通項として「強い責任感・倫理観・理想観」のために「自己犠牲」を払っていました。
今の私流にいえば「会社のためにそこまでする必要はないんじゃない?」ってことです。
会社はそれで潤うかもしれません。都合の良い人材を1人確保しているかもしれません。
「でも会社はあなたに報いてくれてないから今の(転職したいって)心境なんですよね」
そんな話をよく相談者にしたように記憶しています。
それでも、、、なかなか人は変われないものです。こうしたタイプの人と転職後に合って「今すごく幸せです!」と言ってくれた人は本当に少なかった。ほとんどの答えはこれだ。
「まあ、なんとかやってます。」
幸せを感じていない人に幸せにしてもらってもあまりうれしくない
時は変わって東日本大震災があった直後のこと。
私は当時起業して2年目の頃だった。
東北地方を拠点に人材系のビジネスを営んでいた私は仕事が一時ストップ。一時経営が危機に陥りました。
そんな中で、何を思ったのか「復興に貢献しよう!」「中小企業を支援しよう!」なんてお題目で新しい会社を作って事業を始めたのです。
本来そんな余裕はなかったはず。
ただただ一生懸命走った。自分の時間を削り、お金を削り、自分が成功していないのに他人の成功を後押ししようとした。
もともとあった会社でやっていたビジネスが途中盛り返したがその利益も突っ込んだ。
そして失敗。
事業をたたまざるを得なくなった。
事業をたたむ時、ある経営者にお詫びに行った。私の新しい事業を応援してくれていた経営者だ。
彼はこう話してくれた。
「いいかい、自分が成功してもいないのに他人を成功させようなんてのはそもそも無理だよ。事実事業が続かなかったろ?まずは自分の足元を固めなくてどうするの?確かにあなたの姿勢はいろんな人に好意的に受け止めてもらえるかもしれない。でも、結果として失敗してあなたとあなたが大切に思う人達との接点がなくなれば、彼らはどう思うだろう?その人があなたのことを好きならば申し訳なく思うだろう。逆にあなたのことを何とも思っていなければ『何だ成功者でも何でもなかったんだ!』ってあきれるかもしれない。つまりね、成功していない人に成功を支援してもらっても長い目で見て良いことはないってことさ。」
この話での「成功」を「幸せ」に読み替えて欲しい。
幸せは分け与えるもの。だから自分が最高に幸せになる必要がある
前述の経営者との話の続き。別れ際にこんなことを言われた。
「○○君、君はこれからサラリーマンとしてやっていくのだろうが、どうするつもりだい?希望する条件で雇ってくれるなら馬車馬のようになって働きますみたいなこと言ってたけど。。。それじゃあ、また同じことの繰り返しだと思うよ。会社が君の希望する条件を飲んだとする。それは正当な評価だ。もちろんそれ以上の働きをすれば評価につながる。だけど行きすぎちゃいけない。まずはその会社の仕事をしながら自分が幸せになることだ。人間って誰しも幸せのために生きている。でもそれは他人の幸せじゃあない。自分の幸せ。自分が幸せになって初めて他人の幸せを実現できるようになる。恩返しをしたいとか、そういう気持ちを持つのは大事だ。でも昔と違って望む幸せをなかなか得られない世の中なんだ。だから、まずは自分のために一生懸命生きても誰も文句は言わないんじゃないかなぁ?君が最高に幸せになったって自信をもって言えるようになって、またいろんなところに顔を出せるようになればそれはそれで君を雇ってくれた会社に報いることになるんじゃないか?」
確かにそうだ。
私はこの話を聞いてから、自分の幸せを実現する事を第一に生きるようになった。
もちろん誰かをだまして幸せになろうなんてことはしちゃいない。
でも、楽に生きられるようになった。そして確実に目の前にある幸せを実感できるようになった。
誰かに搾取されたり、誰かに我慢を押し付けられる必要なんてない
ふと思い返してみると、自分が最も輝いていた時代、それはいわゆるブラック企業の経営者に搾取されていた時代だ。
輝いているのにその当時は幸福ではなかった。ただただ我慢の日々だった。
確かにスキルも得た。
経験も得た。
人脈っぽいものもできた。
でも自分の幸せはなかった。
全くの無駄ではない。
が、もっと別の方法があったはずだと悔やむ日々だ。
あなたはそんな日々を今送っていないだろうか?
「会社でスキルも磨けて給料ももらえて最高だろ?」なんてこと言われちゃいないか?
貢献・貢献・貢献とそんな言葉ばかり大事にしていないか?
他人の目を気にして自分を控えめにしていないか?
1人ひとりが自分の力で幸せになれることが大事。その道標になろう!
誰かのために役立つこと。それは良いことだと思う。
でも自分のために自分が役立つこと。それが先。(今日はそれだけを伝えたくてこの記事を書いている。)
そして自分の幸せを第一に考えることが実は世の中の当たり前だったりする。
幸せを実感している人の多くはそれが普通だと思っている。
そもそも、みんなが自分で自分の幸せを感じられるようになれるのが一番効率的じゃないか!
そして本当に成功した人は助言はしても手出しはしない。
何故かって?
手助けして成功した人は、手助けがないと成功できないままなんだ。
何か失敗したときに這い上がれなくなる。
だから、助言はしても手助けはしないんだ。
もしあなたが他人の幸せに満足を感じるのであれば、道しるべとなって助言だけすれば良い。
そしてあなたが成功すればするほどあなたを道標にしている人がもっと成功しやすくなるんだ。
だから、誰かほかの人に心をそそぐよりも自分にそそぐことはとても大事なことなんだ。
もしあなたがこんな状態なら今すぐやめるために動き出そう!
もしあなたが次のようなことに該当するならすぐに自分を見つめなおして楽になってほしい。
- 完全なる社畜として人格すら表現できず働いている
- 自分のお金や時間を他人のために使っている
- 仕事や日常の生活の先に自分が幸せになっている未来が見えない
あなたがこんな状態なら、今すぐ自分にだけ目を向けて幸せになるために動き出すことを切に願っています。