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「1を聞いて10を知る」より「10を聞いて1を知る」ほうが生産性が高い

どうも!

Ganapatiです。

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今日はまじめなお話

「1を聞いて10を知る」というのは中国の故事から来たことわざです。あなたも聞いたことがあるはず。

その意味するところは「物事の一端を聞いただけでその全体を理解するほど聡明である」という賞賛です。

ただ、最近はかならずしも本来の意味を体現するような「1を聞いて10を知る」人が少なくなってきたような気がします。

今回はちょっと真面目なオピニオン記事です。関心ある人、人材教育の小ネタが欲しい人はよければどうぞ。

「1を聞いて10を知る」タイプは2種類ある

「1を聞いて10を知る」タイプの人物には2通りあると私は思っています。

最も良いパターンは本来の意味「物事の一部のことを聞いただけで全体像が理解できてしまう」タイプの人。こういう人は正直ごくまれにしかいません。

「なんでそこまでわかるの?」「もしかして影で見ていた?」「予知能力でもあるの?」

そんな思いを抱かせる天才。そんな人です。

そして何度も言いますがめったにいません。めったにいないということはそうなろうとして簡単になれないということでもあります。

そしてもう一つのタイプは、「物事の一部のことを聞いただけで全体像を自分の意図に重ねて創造してしまう」タイプの人。別名「知ったかぶり」「勘違い人」「浅い人」。こういう人が最近増えてきているのです。

あなたの周りにもいません? そんな人。

例えば・・・

  • たった一度のミスなのに「できない人」というレッテルを貼りつける人
  • 自分が想定した結論にたどり着かないと気が済まない人
  • 過去の体験・実績をそのまま当てはめようとする人
  • ネットで調べた情報を鵜呑みにした上に自分の知識のようにひけらかす人
  • 自分の目的達成のために1を10のように見せたい人

こういう人たちは後者のタイプになりやすいのです。どうです?いませんか?

特に例の最後に紹介した1は1でしかないのに想像力を悪い意味で発揮して虚構の10を作り出す人たちは本当に厄介です。

虚構もその場で終息すれば問題は発生しにくいのですが、それが広まると各方面に悪影響が及びます。

身近なところでいえば、ろくに取材もしていないのにネットの噂だけで構築されたニュース記事、PVを稼ぐために作られた煽りタイトル、当人同士の問題で済むはずのところにしゃしゃり出てスクープ記事として金を稼ぐゴシップ誌。

本当に迷惑ですよね?でも結構こういうタイプの人いませんか?

こういうタイプになるのはとても楽なのです。10を知る権威者のようにふるまえばよいだけですから。中身は伴っていなくてもできなくはないのです。

ちなみに1を聞いて100を知るかのようにふるまう人たちのことを「詐欺師」と呼ぶこともあります。

まあ、それはともかく仕事でもプライベートでもこのような悪いタイプの「1を聞いて10を知る」人とは距離を置きたいですし、ましてや自分がそうなっていけません。

特に仕事においては1は1として扱うのが基本です。10必要なら10集めて構築する。これが誰にでもできる基本なわけです。

悪いタイプの1を聞いて10を知る人になるのも近づくのも生産性を落とすので、自分の周囲からは排除しましょう。

「10を聞いて1を知る」ことの大切さ

私がこどものころ、物覚えの悪い学生は「10を聞いてようやく1を知るなんて本当に馬鹿だな!」とよく怒られたものでした。

何度教えても同じところで間違う。教えるほうはイライラが溜まるのも仕方がないのかもしれません。

しかし、私の経験上10を聞いてようやく1を知ったときのほうが、1を聞いて10知ったつもりになったときよりも何倍も価値があります。

その理由をいくつか挙げておきます。

理由その1:忘れにくい、身になる

10を聞いてようやく1を知ることができたとき、その過程はとても密度の高いものです。繰り返し行われたその「理解の工程」は記憶に深く刻まれ忘れにくくなります。

ようやく覚えたときの感動も強い刺激として記憶に残りますしね。

数多くの失敗を乗り越えて成功した時の感動、、、覚えてませんか?

理由その2:本質・背景・目的といったものに近づける

1を聞いて1を知れないとき、おおよそそこには原因があります。それは個人の能力というよりももっと別の所にあることが多いのです。

理解するために何の情報が足りないのか、何の情報が余分なのか、何が障害か、どうすればよいのか、そうしたいくつもの疑問を一つづつ解消していきようやく1を知るに至った時、それは珠玉の理解になっているはず。

あなたもこんな経験がありませんか?

何度説明を聞いてもその言葉では自分にはしっくりこない。。。

ところが例え話を聞いたところなんとなくイメージがつかめてきて、最後には「つまりそれってこういうことだね!」と自分の言葉で表現できるようになった経験。

10を聞く工程を通じて本質を理解し、それを自分の言葉に置き換えて表現できるようになった瞬間です。

私たちが仕事で目指す姿と似ていると思いませんか?

理由その3:嘘・虚偽・バイアスを防ぐ

情報というのはおおよそ一方的に入ってくるものです。時にはその情報が自分にはしっくりこなくて1を聞いても1として理解しがたいことがあります。これは自分の感性が「1として理解してはダメだ!」と警告を発しているときにおきる現象です。

こうしたときは形式的に1から1を理解するようにするのではなく、自分の感性に従って納得いく(しっくりくる)まで思考を繰り返すのが重要です。

そうすることで情報に含まれる嘘・虚偽・バイアスから逃れることができます。

例えば会社で同僚のAさんについて「あいつは転職活動をしている」という噂がたったとします。

この時点で転職活動=悪=Aさんというようなバイアスのかかった情報なわけですが、そもそもその噂は誰が情報源なのかで情報の信頼性が大きく変わります。

また、そもそも本人に確認を取ったのか、真実であればその目的を聞いたのか、嘘であればなぜそのような噂になったのか、といったところも確かめなければなりません。

もしかしたら、Aさんは上司に命じられて秘密裏に求人をしに転職支援会社に訪問したところをたまたまAさんを良く思わない別の同僚に見られてしまったのかもしれません。

情報が簡単に流通する現代だからこそ、より多くの視点を持って客観的な事実にたどり着くようにしなければなりません。そのためにも「10を聞いて1を知る」ということを心掛ける必要があるのだと思います。

最後に

最近世の中が生きにくくなったと思いませんか?

ちょっとしたことで炎上。批判の嵐。

本人の説明・弁明は全く無視。

時には人格まで攻撃することも。

大なり小なりこうしたことは身の回りにも起きることです。

「そんなつもりじゃないのに、なんで?」

そう思ったとこありませんか?

わたしは「究極的に大事なことは意図や目的」だと思っています。

意図や目的が同じなのに形式的・表面的な手段や表現が違ったというだけで攻撃したりされたりすることがありますよね。

そんな世の中は果たして正常といえるのでしょうか?

10を聞いて1を知る人が増えればきっと「目的は同じだったんだね。」と理解し合えるようになるはず。

1を聞いて10を知ったかぶる人が増えればギスギスとした争いだらけの世の中になるかもしれません。

どちらが世の中をより生産的にするかは明白ですね。

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まとめ

これからは10を聞いて1の本質をつかんだものが勝つ!